重量がないものを蹴ると、なんの抵抗もなくゴムボールみたいに跳ねるのだと、そのとき初めて知った。今までは自分と同じか、それより大きなものとしか対峙したことがなかったから気付かなかった。
お前の命は――こんなにも軽いのだと。
この世界において、命は軽い。
禁貨というものを手にしないよう、全世界の人が幼いうちから見つけても触れるなと教えられ、あるいは事件に巻き込まれて思い知らされる。この世には手を出してはならないものがあるのだと。
手にした瞬間から、持っている禁貨をすべて手放すときまで、昼夜を問わず否応無く狙われ襲われる。女子どもも関係なく。そこに秩序は残っていない。
力のないものが禁貨を手にすることは、己の命を放棄することとそう意味は変わらない。
体にバンカーの証を掲げ、この身を晒し、命を曝し合う。
禁貨を集めるため、己が欲望を叶えるためならば横取りも手段を厭わぬ。矜持も規律もない粗暴な獣たちと同じ。オレはそういったものに身を落としたのだ。
それでも、我欲に潰れた眼の獣を見ては、手段こそ同じであっても、オレは父王と民すべてを、一国を背負って闘っているのだという自負が、オレの心を獣に成り果てるのを押し留めていた。
✵
あまりにも軽い手応え。
地面に跳ねる体を見て、オレははじめて人を殺すのかもしれないと思った。
今までは、相手が命乞いなり禁貨を差し出すなりすれば、オレは警戒を怠らずも、すぐに戦闘を止めていた。あくまで禁貨を集めるのが目的なのだから、必要以上に痛めつける必要はない。
バンカーといえど限度もある、無法者には少しは痛い目を見て懲りたらいい程度には思ったことはあるが、やめてくれと懇願する者に鞭打つのは外道のする真似だと思っている。
今まで出会ったどのバンカーよりも幼い、柔い体を持ち得ながらも、決して崩れない足。攻撃をしのぎながら、あるいは正面から受け止めながら、魂キャノンを放つ。当たりはする、しかし倒れない。
お前はどうやったら諦める、膝を折ってくれる、いつまで痛めつければいい。お前の技で焦げた服の匂いが鼻につく。
このままでは本当にお前を殺してしまうかもしれない。
――結局、オレもアイツ等と変わらないじゃないか。
ただ偶然に落ちている禁貨を拾っただけの無力な人間を、バンカーではないと一目でわかる人間から禁貨を奪うだけで済まさず、意味のない暴行で人を辱める無法者と同じ。
冷える背筋とは反対に、頭が熱くなった。
血が目に入った。目が眩む。
アイツ等とは目的が違う? 一国を背負っているからなんだ。理由さえあればなにをしてもかまわないと言うのか? バンカーだからって殺しても? そんなはずはない。己を正当化しようとしていただけだ。外道と同じ手段に手を出した時点で既に外道じゃないか。
例え獣になろうと、魂は高潔でありたかった。
しかし、しかしであれば、お前は、お前はどうなんだコロッケ。
オレの腰ほどしかない背丈で、家族はおらず、身を任せられる者もいない。生きるため獣に身をやつしたのはお前だって変わらないじゃないか。
オレが殺すのは子どもじゃない、同じ獣だ。お前だって生きるためにずっと何人も下し続けてきただろう。
何も変わらない。
己の願いのために禁貨を得た瞬間から、お前も、オレも、――同じ外道だ。
負けた。
この期に及んで新技とは。なんて生汚い、いや、諦めの悪いやつなんだ。
出血のせいだろうか、濁流のような感情の波に飲まれていた思考が落ち着いてきた。そうすると、己の暴走した思考がさまざまと浮かび上がり、我ながらゾッとした。
国政を継ぐ者とは思えない。国を取り戻せたとして、民を先導できる器とは到底思えない。オレの誇りなどなく、ただオレの自己満足のための救国ごっこだ。
国を取り戻すために、バン王に願うなどあまりに不確か。都合のいい夢を見ているのと何が変わろうか。バンカーサバイバルの報酬ならば国を救えるはずだったが、それはもう叶わない。
この大会へ向かう道中で集めた禁貨などでは到底足りない。こんなペースで禁貨を集めていたら国はどうなるか。父上と母上も今も無事である保証などあるわけがない。
オレには時間がないというのに。
アンチョビの言葉が刺さる。侮辱ではあったが、確かにその通りだった。すべて見捨て、オレだけがのうのうと生き延びている。国を取り戻すと言いながらなんの進展もしていない。
さっきの小説文字で読みたい人(私)向け。画像化してなかった1p分文章多いです。